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エジプトの階段

 家の階段にひどく怯えたことがあった。

これは私の幼少期の体験談なのだが、

フローリングのなんてことはない階段が、

1階から2階へと繋がっていたのだ。

特段古いわけでも汚いわけでもなく、

強いて言うのであれば照明が温かみのある色を付けていたのが悪かった。

真夜中にトイレに行くことは平気であったが、

そのトイレに行く時に階段を通過しなければいけなかった。

私は2階で寝ており、トイレは1階に存在していたのだから、

せめてその階段の照明が温かみのある色ではなく、

真っ白な、普通のLEDライトのようなものであればこうはならなかったのだと思う。

段数もさほどではなく、距離や高さや登りにくさというものがあるわけでもない。

ただただ、自分の寝床とトイレと階段以外が闇を内包しているかの如く暗いものであったからである。

ある日、思いっきりその階段を走って登った。

そしたら祖父に怒られた。

当たり前である。真夜中で熟睡している所を孫がドタバタと五月蠅い足音を立てていたのであれば、それは迷惑極まりないことであった。

祖父は厳格な人間であったために、こっぴどく怒られてしまった。

だから真夜中に私は、あの暗くて怖い階段を、ゆっくりと登らなければならなかったのだ。


 小学3年生のことであった。

私は当時、歴史物を取り扱ったバライティ番組が大好きであった。

特にこれと言った理由もなかったが、好きであった。

その時は古代エジプトの特集がなされていた。

ツタンカーメン王の暗殺についての特集である。

かの黄金のマスクで有名な少年王はなんと、頭蓋骨に穴が開いていたのだ。

現代考古学はゆっくりと進歩を遂げていて、

ミイラをCTスキャンする際に、炭素の濃度を調べることができる。

全ての物質は常に微量な炭素を放出していて、

その濃度は年代によって違うのだ。

地層から年代を特定することができるのは、

その技術が発展しているからであった。


 そこでそのバライティ番組は、ツタンカーメンの死因が撲殺だと仮定した。

このツタンカーメンの暗殺にまつわる考察はつい最近まで議論が行われていた重大な事象であり、

撲殺されているという説は未だに有力な説の一つであったという、

だが、そのCTスキャンによってその説は覆されたのである。

ツタンカーメン王の死因は撲殺ではなく、毒殺だったのだ。

頭蓋骨に空いている小さな穴は、別の原因があったのだ。

乳幼児は、母親の母体から排出されるときに、

〝一時的に頭蓋を割って〟出てくる場合がある。

古代のエジプト人が健康な身体を持っているとは断定できず、

出産時に今の医療技術のような体制が整っているとは限らない。

母親の子宮が小さく、乳幼児の頭が大きい場合、

一時的に頭蓋を割って出産し、その後何十年とかけてその穴は塞がっていくのだ。

ツタンカーメン王は子供の身でありながら王となり、その後に暗殺をされたため、

その頭蓋の傷が完治しないまま死亡したのだという。

結果として、別の毒殺の証拠が番組内で紹介されて、

その番組は終了した。


 しかし、その番組内で紹介された映像が非常に気味の悪いものであって、

幼少期の私の中にとてもインパクトに残ってしまった。

エジプトの夕焼けに当てられてオレンジ色が強くなった砂嵐が、

上半身裸で装飾品が飾り付けられたツタンカーメン王の死骸をゆっくりと隠していったのだ。

私はそのPVが酷く印象に残ってしまい、

知的好奇心よりも恐怖が勝ってしまった。

話を戻すと、そのなんとも言えない怖い対象の物が心に沁みついてしまい、

私は実家のトイレへと続く階段を真夜中に上り下りをすることが怖くなってしまったのだ。

温かさを重視した照明と、その周りを囲う闇が、

オレンジ色の砂にその亡骸を隠されて行くエジプトのミイラを彷彿とさせてしまった。

私は祖父を起さないようにゆっくりと階段を登る。

尿が膀胱に溜まっているということもあり、焦りが先行する。

私の背中のすぐ後ろに砂を纏ったミイラが手を伸ばしているかの様であった。

闇とオレンジが組み合わさると恐怖を煽るのだろうか、

照明の位置のせいで、階段の始めの部分から1階のトイレの前までが、

全て明確にわかるというわけではなく、

下に行くほどに暗がりが強くなって全部は見えなくなってしまう。

それも相まって、私はそそくさと階段を下りて、尿意を解消し、

今度はまたベッドに戻るために1階から2階までを登らなければならない。

エジプトのピラミッドの中にも同様の階段のような構造はある。

しかしそれはカウラ王やクフ王の時代のものであるから、

ツタンカーメン王とは一切関係がない者であり、

まして、自分の家がエジプト風であったというわけではない。

しかし、小学三年生の想像力というものは非常に厄介な物で、

私はただただ、いもしないミイラを怖がりながら階段を昇り降りしたものである。


そしてそれから10年以上もの時が経ち、今に至る。


大人になった私はもうあの実家からは離れて暮らし、


会社の社宅に住んでいるのだ。


新しい私の家には、照明を、〝白い色の明るさ〟と〝温かい色の明るさ〟で切り替えることができる機能がある。


この機能があの階段についていればと、私はため息をつきながら思うところがあった。


そんな、実話であったとさ、


おしまい


 
 
 

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